土讃線旧線・土佐穴内の旧隧道群

 

昭和9(1934)年に開通した土讃線の大杉駅〜豊永駅間には、 トンネルの変状の為に開業から僅か20年後の昭和29年に廃止された旧線が存在している。 変状が起こったトンネルの前後は吉野川と穴内川に沿って大きく蛇行しいる線形不良区間でもあったので、 防災対策と線形改良を兼ねて延長約1,200mの和田トンネルが新設された。 この付替えにより二つのトンネルが廃止となり、 旧線上にあった土佐穴内駅が高知側に移設されている。

今回は「隧道探訪」のマフ巻き氏と 「高知の鉄道」 の九朗氏と土惨線合同探索隊を編成しての調査です。

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A地点 和田谷踏切から多度津側の新旧分岐点を見る

旧線は和田谷踏切の東側から分岐し、 かなりきついカーブでほぼ直角に進路を変えている。 上の写真に写っている現在線の橋梁に並行して旧線の橋梁の遺構が残っていた。
   
B地点 高知側の旧線橋台 B地点 多度津側の旧線橋台跡(現存しているのか不明)

旧橋の多度津側(新旧分岐点)は深い薮に覆われており路盤や橋台の状況も判然としないが、 民家の敷地になっている高知側の旧線は耕作地として手入れが行き届いているので、 橋台が現存しているのが県道からも確認できる。
 
B地点 高知側の橋台と橋脚
(2003年10月6日撮影)

数年前までは橋台の他に2基の橋脚も残っていたのだが、今回来てみると跡形も無く撤去されていた。 ちなみに現在線のガーター橋には橋脚は設置されていない。

 
A地点 現在線の和田トンネル(L=1,198m)

付替え線1.5kmの大部分を占めている和田トンネルは一直線で建設されている為、 和田谷踏切からも出口の光が見えている。このトンネルを抜けた所が現在の土佐穴内駅である。 旧線が20年足らずしか利用出来なかったのに対し、 こちらは50年以上も列車を通し続けている。
   
C地点 旧線のトンネル C地点 旧トンネル上から多度津方面を見る

旧線上に建つ民家の裏側にはさっそくトンネルの跡がある。 このトンネルが旧線が放棄される原因となる変状が発生した西屋敷トンネルだ。 1998年頃の取材によって製作された「埋もれた轍」(DVD) の映像では坑口が開いていたのだが、 私が2003年10月に訪れた時には既に現状のように塞がれてしまっていた。
 
西屋敷トンネル 多度津側坑口

地図上から読み取れる西屋敷トンネルの長さは約180m前後。 坑門上を通る県道113号線(東祖谷山大杉停車場線)で容易に迂回可能である。 高知側坑口付近には車を停められるスペースが無いので徒歩移動が無難だろう。
   
D地点 高知側の坑口 D地点 坑口のアップ

西屋敷トンネルの高知側坑口も多度津側と同じように県道直下に坑口が設けられている。 ポータルの最上部にはトンネルと一体化した県道の車留めが設置されているので、 これを目印にすると見付けやすい。 僅かな隙間があるようにも見える高知側の坑内も、 マフ巻きさんによると奥側は土嚢で完璧に塞がれているとの事。 変状が発生したのはたぶんこちら側の坑口付近なのだろうと想像される。
 
西屋敷トンネル 高知側坑口

2003年10月に撮影した西屋敷トンネル高知側坑口。 実はこの5年半の間に閉塞処理に綻びが表れていないかと密かに期待していたのだが、 トンネル本体には特に変化は見られなかった。

 
D地点 西屋敷トンネル上から高知方面を見る

西屋敷トンネルから高知側は一応 路盤の跡らしき平場が続いているが杉の植林地になっている為、 廃線跡という雰囲気はあまり無い。廃止から50年以上も経っているんだから無理はないが…。
   
E地点 旧線とコンクリート擁壁 F地点 旧線上に建てられている作業所

旧線の明かり区間は並行する県道の一段低い所を通っているので、 県道から全容を見下ろす事が出来る。 大部分は放置されたままになっているが、 所々で作業所や資材置場などに転用されている。 「鉄道廃線跡」を歩くでは右の写真の位置が旧土佐穴内駅跡となっていたので、 私も最近までここが駅跡だと思い込んでいたが、 実はそれは誤りで実際の駅跡は別の場所にあるのだった。
 
G地点 桟橋跡

約200mほどの桟橋区間。 現在、残っているのは橋脚2基のみだが数年前まではもう少し橋脚が残っていた。 対岸の国道からは倒壊した橋脚の残骸を見る事が出来る。

 
H地点 旧土佐穴内駅跡(奥が多度津側)

この広大な資材置場が本当の旧土佐穴内駅跡。 跡地に大きな建物が建っていないので駅跡らしい雰囲気は残っているものの、 整地され尽くしておりホームを始め遺構は何一つ残っていないようである。 旧駅跡を過ぎた旧線は最近になって塞がれたもう一つのトンネルを抜け、 現土佐穴内駅(高知側新旧分岐点)へと至っている。

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