国東の物件、楽しみにしています。
八坂川は、ひとたび氾濫すると橋が簡単に流されたみたいです。ですから、昔は橋といえばトン橋か沈み橋だったようです。トン橋とはトントンともいいますが、飛び石渡りのことです。
いま、河口には杵築大橋がかかっていますが、あれはそんなに古い橋ではなくて、戦前は渡し舟が出ていたそうです。その少し上流の錦江橋は、今の橋は昭和30年頃にかかったそうで、古い橋の台も残っていますが、最初は木造の太鼓橋だったけれども、やはり大水が出るたびに流されて、結局平坦な橋にかわり、その後、今の橋になったとのことです。
錦江橋から上流は、平成11年頃の氾濫をきっかけに川筋が大きくかえられました。前は、もっと曲がりくねっていました。友清地区には、永世橋という橋がそのときの氾濫まで残っていました。この橋は全国で2番目(?)に古い沈み橋だったそうです。私も渡ったことがあります。大変な難工事だったようで、小字名の長瀬から、げんをかついで永世橋と名づけたとのことです。
杵築駅の近くから鹿倉という地区に行く、鹿倉橋も沈み橋で、平成5年頃まで残っていた記憶があります。新橋がかかったのもその頃で、それまでは沈み橋しかありませんでした。
万事その調子でしたから、あの崖道を通すよりほかなかったのかもしれません。妙見橋のあるところなど段差が大きく、沈み橋を作るには無理がある気がします。八坂川には沈み橋がたくさん残っていましたが、平成に入ってからどんどん減っています。写真に撮っておかなかったことが悔やまれます。長くなってすみません。 |