チギリメン隧道

 
明治35年測図「姫島」+明治36年測図「鶴川」(1:50,000地形図)

これまでに公開してきた国道213号線の隧道全て(箕ヶ岩、妙見を除く)が 明治期から存在していたことは「国道213号隧道史」 (国見町誌を元に日本の廃道4月号に寄稿させて頂きました)にて既に紹介している。 その中で明治24年竣工のチギリメン隧道の発見が掲載に間に合わなかったので、 再調査の結果をここに紹介する。
(国道213号の隧道群の沿革については「日本の廃道」のバックナンバーがCD化されるので、良かったらそちらもよろしくm(__)m)

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箕ヶ岩隧道 鬼籠側坑口 箕ヶ岩隧道 櫛海側坑口

国見町誌によれば箕ヶ岩隧道もまたチギリメン隧道と同様、明治24年に竣工している。
但し、これは旧国道に残る箕ヶ岩隧道(扁額に昭和十年六月成と刻まれている)とは別物であり、 明治35年の旧版地形図によると現箕ヶ岩隧道よりはるかに長かった(200〜300m?)ようである。 地形図を参考に跡地らしき場所(上の画像2枚)を探してみたが、完全に埋没しているらしく何の痕跡も発見できなかった。
 
二代目・箕ヶ岩隧道(櫛海側)
昭和10年竣工 延長17.0m 幅員5.0m 高さ4.5m


 
昭和16年修正測図「姫島」+「鶴川」(1:50,000地形図)

前回は国見トンネル伊美側坑口から南下(鬼塚古墳へ向かう道)して失敗しているので、 今度は野田簡易郵便局付近の分岐から北上することにする。
妙見隧道開通後の地形図にもこのアプローチは残っており、 旧道化した後もしばらくはチギリメン隧道も利用されていた事が窺える。

 
A地点 県道31号線からの分岐点

今回の探索はこの分岐点から始まる。 今ではすっかり冴えない交差点だが、 上の明治地形図ではどちらの道も主要道として描かれている。
   
B地点 C地点

分岐から先は停車するスペースが少なそうなので徒歩にて進むことにする。 道中で車内にライトを忘れてきたことに気付き 「隧道が貫通してたら取りに帰らんで良いな〜」 などと考えながら歩いていると、 10分ほどで山側にそれっぽい平坦な地形を発見(右の写真の軽トラ奥)。
 
C地点より山側を見る。
竹薮に覆われてはいるが明らかに人工的な切り通しだ。


 
チギリメン隧道 伊美側坑口

果たして切り通しの奥に国東半島では見慣れた素掘りの隧道が口を開けていた。
この隧道(と初代・箕ヶ岩隧道)こそが115年前に国東北岸に隧道の至便なるを知らしめ、 20ヶ所以上の隧道を穿つ海岸道路(現国道213号線)を開通させたのだ(と私は思っている)。
   
内部を覗きこむが… 坑口より伊美側を振り返る。

こちらの坑口が現存していたのは良かったのだが、 出口の光は見えないことを考えると、まず間違いなく貫通はしていないようだ。 さすがに未知の閉塞隧道に無灯で進入することは躊躇われたので車にライトを取りに戻ることにした(往復約15分)。
 
隧道内部

竣工から100年以上も経過し、また廃道となってからもかなりの時間が経っているはずだが、 内部は驚くほど状態が良く剥落などの損傷はほとんど見られない。
隣同士の集落を結ぶ隧道だけに妙見隧道が開通するまでは多くの人が行き交ったはずだ。
   


 
閉塞地点


入口から約200m進んだ所で予想通り完全に閉塞していた。
内部の延長、閉塞の様子などから考えて、ここが本来の櫛海側出口だと思われる。
この状態では櫛海側の坑口が残っているとは思えないが、 せめて跡地だけでも確認するため妙見隧道で櫛海側に迂回することにした。
   
ぎっしりと土砂が詰まっているが、天井が崩落した様子ではない。 閉塞地点より伊美側を振り返る。

 
妙見隧道 伊美側坑口
昭和11年竣工 延長450.0m 幅員5.0m 高さ4.5m


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