旧大分県道644号線・平淵隧道

 
明治36年測図「杵築」(1:50,000地形図)
※カーソルを合わせると変化します。

大分県道644号線(藤原杵築線)は国道10号線(日出町赤松)から JR杵築駅を経て杵築市に至る幹線であり、 明治の地形図では現在の国道213号線を抑えてこちらが県道指定されている。 (R213日出〜杵築間は当時は「里道・達路」であり、大正期頃から県道に昇格している)
現在の地位は3ケタ県道であるものの、上記の由来もあってか比較的古い時期から整備されており、 昭和46年には日出〜杵築境付近の蛇行する八坂川を、1km程度の間に3度も渡ることによって 直線化が図られている。 この時、旧道となった八坂川沿いの道は事前の情報(学生服のヤマダさん)によれば、 かなり荒廃(薮化・崩落など)が進んでいるというだったので半年前(夏場)に この道を通る機会があったのだが、その時は大事を取ってスルーしている。
旧道区間には明治隧道(第一平淵、第二平淵)も存在していたのだが、 地形図を始め最近の地図では二隧道を含む旧道の一部が、 荒廃を裏付けるがごとく抹消されている(上記地図参照)。 果たして隧道は現存しているのか?

トップページに戻る道路旧道一覧に戻る



   
A地点 旧道分岐 旧道の踏切を通過するソニック

旧道は杵築駅の西側から踏切を渡って分岐する。
ここから約400mの間、現道と旧道は日豊本線を挟んで並行している。 分岐点の遥か頭上を跨いでいる高架橋梁は平成3年に開通した大分空港道路(地域高規格道路・国道213号)のものだ。(上の2枚のみH19.2/24に撮影)
 
A地点 踏切を渡って旧道を見る

現道との並行区間には民家も点在しており至って穏やかな雰囲気である。 早朝(上の写真は7:36撮影)ながらも数台の自動車とすれ違った事もあり、(車で)赤松まで通り抜けられそうな気さえしてくる。
   
B地点 B地点(左写真、軽トラの奥)

集落を抜けると旧道は八坂川に沿って北向きに進路を変える。 この辺りから路面の荒れ具合が目立ち始め、 農作業用の軽トラも道を塞ぐように停車しているので、 (現時点での)事実上の道路終点であると言えるだろうか。
 

旧道単身での北進と同時に道路は未舗装の砂利道になった。 ここまでには特にゲートや通行止の告知はないのだが、 既に廃道は始まったようである。
   
【7:48】 薮区間スタート 【7:48】 落石のおそれあり…

ガードレールにもたれ掛かる「落石のおそれあり」の警戒標識。 結果から言うとこれが旧道に残っている唯一の標識だったのだが、 この旧同区間を象徴するかのような標識だった。
地図上ではこれより第一隧道まで約400m弱の距離なので、 普通の徒歩速度であれば5分程度で到達出来るはずである。
実際にはそう上手くいかなかった事の表現と、 要した時間の割に短区間の為に地図上に「〜地点」と示す事が難しいので、 ここからは撮影時のタイムスタンプを利用する事にする。
   

【7:51】 宙に浮くガードレール

【7:51】 ほぼ垂直に切り立った崩落斜面

次第に路上の薮は深まっていくが、落とし穴よろしく 薮の陰に隠れて路盤が崩れ落ちている箇所もあるので、 高巻きも含め出来るだけ山側を進んで行く。 とは言え山側も崩落著しく「これで安心」という訳でも無いが、 崩落面には落下してきそうな岩肌は見えない為、 とりあえずこっちの方が安全だろうという判断からだ。
 
【7:54】 振り返って杵築方面を見る。

ちょうどこの辺りが杵築市と日出町の境だが、それを示す物は何も残っていない。
   
【7:56】 【7:58】 薮隧道開削

斜面から路面に覆い被さるように行く手を塞ぐ激薮。 溢れ出すような薮の為、高巻きでかわすことも出来ず、思案の末に 薮密度の薄そうな箇所を引き千切って隧道を開削して突破した。 (手は傷だらけになりましたけど)
この辺まではここ最近は誰も入ってなさそうだなー。
   
【8:01】 【8:04】

どうしようもなく荒廃している旧道ではあるが、 所々に道の形を良く残している所も存在している。
 
【8:06】

この写真は別にカメラを立てて撮っている訳ではない。 竹薮が横倒しになって道を塞いでいるのである。 さすがにここでは引き返して日出側から出直す事も考えなくも無かったが、 今回は徒歩(フェリー+電車)で来ているので大迂回は避けて高巻きで前進する事にした。
しかし、難所を進めば進むほど決定的な撤退地点に遭遇した時に 進退窮まる恐れが有る訳で、この竹薮通過中が道中で一番心細かった。

 
そして【8:10】。横倒しの竹薮を越え、遂に第一隧道登場!

トップページに戻る道路旧道一覧に戻る中編へ