国道156号線・平瀬隧道

 

白川村の南部、庄川沿いに「保木脇」という地名がある。
保木(ほき)は歩危(ほけ)とも言い、共に断崖を意味する古語であり、 地元の四国を含め全国各地の崖沿いに地名として残っている。 その崖を通した道は畏怖の念を込めてホキ道などと呼ばれている事が多い。 例えば大分県の「平淵隧道」は別名を「ホキ隧道」とも言い、 急峻な崖沿いの大変な切所であった。
白川村保木脇にもやはり、かつてホキ道と呼ばれていた旧道(隧道含)が存在し、 昭和54年に新平瀬トンネルが開通するまで国道156号線として利用されていた。

トップページに戻る道路旧道一覧に戻る



 
A地点 白川側旧道分岐

旧道への入口は本来の分岐点より100mほど南に移動し、 現道と直角に合流するように作られている。 元々の旧道には車止めもなく 舗装もそのままに残っている為、車で突っ込みそうになるのだが、 旧道には繋がっていないので事実上の廃道である。
   
A地点 元々の旧道はこの奥で行止り。 B地点から分岐点を振り返る。左向きに大きく付け替えられている。

   
C地点 村道(橋)との交差点 C地点から先は廃道

庄川に架かる村道の橋から先の旧道はゲートで閉ざされ通行止。 盛られた土の上には時節柄、 薮が茂っている為により一層廃道の観を呈している。 ただし土盛は分岐付近だけの事で、 この先も旧道のアスファルト路面が続いているのがここからでも確認出来る。
橋(名前は失念)の方は昭和48年架設なので、国道時代から架かっていた事になる。 この橋へのアクセスの為に、ここまでの旧道が利用されている訳だ。
 
村道は木谷集落まで続いている。
奥地で治山工事でもやっているのかダンプの通行が多い。

   
D地点 路面にタイヤ跡が見える E地点 スノーシェッド

ゲートより先の旧道は多少幅員が狭まるが(2車線→1.5車線)、 普通車同士ならば難無く離合出来るだけの幅は保たれているようだ。 廃道に彩りを添えるスノーシェッド、ガードレール、カーブミラーと言った付属物も きれいな状態で残っている。 こんな薮に塞がれた状態の廃道でも車の通行があるのか、 アスファルトのタイヤ跡は割りと新しい物のように見える…。
 
スノーシェッドと標識

連続して二つ目のスノーシェッドが現れるが、今度はシェッドの先に光は見えない。 たぶんこのまま隧道に接続しているんだろう。 入口には串団子のように背の高い標識が建っており、 一番上にある隧道を模した図柄の標識はここ以外では見た事が無い物だ。 「この先隧道あり」という意味で、見通しの悪いシェッドを前にして注意喚起を促しているんだろうな。

 
お団子標識

上から「この先隧道あり(推定)」「危険」「幅員4.2m」「CAUTION」「なだれ注意」。
これだけの標識が並ぶ所を見ると、国道時代はかなりの難所と認知されていたんだろう。 ちなみに「幅員4.2m」は全国隧道リストに記載されている平瀬隧道のスペックと一致している。
   
隧道に直結するスノーシェッド内 玉石の擁壁

薄暗いシェッド内だが、天井にまで届く大規模な玉石の擁壁には眼を引かれる。 この擁壁もやはり平瀬隧道の竣工年とされる昭和30年代の建造物なのだろうか。 それとも…?
素人目には何とも判断しかねるのが口惜しい。
 
平瀬隧道 白川側坑口
昭和36年竣工、延長177.1m、幅員4.2m、高さ4.1m

トップページに戻る道路旧道一覧に戻る後編へ