宇野線旧線・児島隧道
 

宇野線(岡山〜宇野)は明治43年6月12日、宇高連絡船(宇野〜高松)開設と同時に開業した約30kmの鉄道路線である。 大部分が海岸線(現在は干拓により平地になっている)を通る為、全線に渡って線路の起伏は少ないが、 玉野市の入口で一度だけ峠(尾坂峠)を越えており、 ここに建設されたのが宇野線唯一の隧道「児島隧道」である。
この隧道は開業から50年後の昭和35年10月、 宇野線電化に際し断面不足の為、新トンネルが掘削され廃線になった。

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八浜駅 煉瓦橋台

今回のスタートは児島隧道北側の駅である八浜駅から。
明治時代の開業路線だけあって橋台などには煉瓦が使われている。 ここから隧道まで約1.5kmの道のりである。
 
A地点 岡山側新旧分岐点

隧道手前で宇野線は急カーブを描き、ほぼ90度南へ進路を変えている。 ここが児島トンネル新旧線の分岐点である。
また、宇野線の全盛期に当たる昭和40年頃、このカーブから真っ直ぐ北進し大元駅付近で現在線に接続する 優等列車専用の短絡線が計画された事があるのだが、 瀬戸大橋線が茶屋町駅分岐で建設される事になった為、実現しなかった。

 
B地点

分岐後もすぐ隣に寄り添っていた新旧線の路盤だが、 トンネル前の掘割りで完全に分かれる事になる。 左側の金網付の跨線橋が新線を、 右側のガードレール付の跨線橋(既に跨線橋ではないが)が旧線を跨いでいる。
   
児島トンネル(延長700m) 岡山側坑口 旧隧道の掘割り

事前の調べでは新旧の坑口は掘割りを隔てて並んで口を開けているはずなのだが、 旧線は薮に覆われていて旧坑口を見通す事は出来ない。それは跨線橋に上ってみても同様だった。
 
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これは右上の写真とほぼ同じ位置から撮影された現役時代の児島隧道である。「43.6.12」とスタンプが捺されているので開業時の物だろうか。 この写真のように本来は掘割りの手前からでも坑口が見えていたはずなのだ。

 
児島隧道(延長657m) 岡山側坑口

薮を掻き分けること約5分、ようやく旧坑口を発見した。 まだ3月だと言うのに坑門の全体像が撮影できないほど薮は深く、 夏場に来ると苦労させられそうだ。 写真では分かり難いが上の写真と変わらぬ、石積みと煉瓦アーチの坑門である。
築96年、廃止からは46年の月日が経過しているものの、 坑門及び見える範囲の洞内に傷みは見られない。

 

洞内を観察したいという単純な欲求だけでなく、当たり前の事だが隧道が宇野側坑口への最短距離の通路なので通り抜けを試みた。 しかし不安定な枕木と錆び切った有刺鉄線のバリケードは見た目以上に超え難く、 足場を構築したり、匍匐前身してみたが、どうしてもバリケードが微妙に干渉するので断念。旧県道で迂回する事にした。
「鉄道廃線跡を歩くZ」によると廃止後の隧道は一時キノコ栽培が行われたり、 高校生が通学に通っていた事もあるらしい。 まあ、毎日峠を越えて通学するのは大変なので気持ちはわかりますが。
   
C地点 尾坂峠 尾坂峠から宇野方面を見下ろす

県道の旧峠道も尾坂トンネル(昭和58年開通、L=1088m)がやや離れたルートを通っている事もあって、 生活道としての需要があるらしく時おり車が通り抜けて行った。
峠(の南側)に立つと直下を児島トンネルで抜けて来た宇野線が見えた。 あそこまで下りて行かねば。
 
児島トンネル 宇野側坑口
岡山側坑口から旧県道を通って約15分で到着した。

   
D地点 旧線の掘割り D地点から振り返り宇野側新旧分岐点を見る。

こちら側も岡山側と同様に新旧の坑口が並んでいる。
旧線の掘割りが薮に覆われている所まで同じだが、岡山側と比べると幾分マシだった。
 
児島隧道 宇野側坑口

坑口のバリケードも岡山側と同じ物(枕木+有刺鉄線)があり、こちらからも進入は難しい。

 
岡山側坑口から見た洞内

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