京福電気鉄道・下荒井隧道

 

京福電鉄越前本線(現・えちぜん鉄道勝山永平寺線)は大正3(1914)年に大野口、大正7年に京福大野まで開通した。 その後の経営はしばらくは順調に推移していたが、 戦後になって自動車の普及、越美北線の開通等の要因が重なり、 乗客が著しく減少した勝山〜京福大野間が昭和49年8月に廃止されている。 この時、廃止された区間に越前本線唯一の隧道(下荒井隧道)が存在していた。

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A地点より下荒井隧道を見る。 下荒井隧道より大野方面を振り返る。

終点であった大野市側から探索開始。
隧道自体は国道からもよく見える位置にあるが、 手前にあったはずの赤根川の橋梁や路盤の痕跡は残っていない。 また、旧国道の橋も架け替えによって、京福現役当時と比べると微妙に位置がズレている (元々は鉄道橋の東側に架かっていた)。
 
下荒井隧道 京福大野側坑口

下荒井隧道は延長が521mあり大正期の私鉄隧道としては長い部類に入るのではなかろうか。 もっともこの隧道は当初からあった訳ではなく、開業10年後の大正13年に線形改良のため完成した二代目の隧道だ。 坑門には扁額があるのだが生憎ツタに覆われていて詳細は確認できなかった。

 
下荒井隧道内部

隧道はほぼ直線であり、入口から出口の光が見えている。 ライトを車に忘れてきてしまったのだが、 デジカメのフラッシュと出口の明かりを頼りにこのまま進むことにする。
   
内部のコンクリは特に傷みも見えず、良好な状態のようだ。 出口辺りで僅かにカーブしている。

 
隧道を抜けた先が下荒井六呂師口駅跡

   
下荒井隧道 福井側坑口 社章付きの扁額

福井側の坑門は植物の侵食も少なく扁額もしっかりと確認できる。 京福の社章付きの立派なもので、この社章はweb上のサイトでも見ることができる。 廃隧道ではあるが京福の長い歴史を語り続けているようだ。
 
下荒井六呂師口駅跡



   
下荒井隧道(国道) 勝山側坑口
昭和44年竣工 延長477.0m 幅員8.3m 高さ4.5m
C地点 旧国道
 

開業当初の旧線は国道の下荒井隧道を横切り、旧道沿いに通っていた。
C地点付近に初代隧道(延長53.3m)があったはずだが、見つけることができなかった。 この時は旧国道を歩きながら探していたが、実際は道路よりかなり高い位置を通っていたのだと思われる。 悔しいが初代の隧道は次の機会にお預けだ。


 
おまけ 中島隧道跡(奥が大野市)

勝山〜大袋間に存在していた中島隧道跡地。
昭和15年に線路が付替えられ隧道を通らないコース(写真左側の未舗装道)に変更、 その後は道路隧道として利用されていたと言われている。 もしかすると隧道リストの遅羽隧道(藤巻下荒井線、竣工年不明、L=26.0m、W=2.2m、H=4.0m)が、 京福の中島隧道に当たるのかもしれない。中島隧道は昭和50年の航空写真では既に消失しているようだ。


   
赤岩トンネル 大野側坑口 銘板

最後に京福とは関係ないが藤巻下荒井線(県道168号線)の隧道をもう一つ。 こちらは拡幅改修されている。

赤谷隧道:L=22.6m W=3.2m H=2.5m ⇒ 赤岩トンネル L=29.0m W=8.5m H=4.7m

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