宇和島鉄道跡・窓峠隧道

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愛媛県道57号線(広見三間宇和島線) 左のガードレールの奥が旧線跡

2003年夏、廃線の隧道に興味を持ち始めた頃、偶然大洲のブックオフで立ち読みした「鉄道廃線跡を歩くW」に窓峠に石組みの隧道があるということが載っていた。 大洲から現地は約30kmしか離れておらず、すぐにでも見に行きたかったのだが既に夕方だったので1週間後の探訪となった。
   
JR予土線 窓峠隧道 坑口上から宇和島方面を見る。

北宇和島駅〜務田駅間の約6kmは現予土線も急勾配、急カーブの難所である。
先日3月1日に思いっきりテレビの「今日何の日」のコーナーで予土線開通の日と言うことで特集をやっていたが、 その中で蒸気機関車時代はこの窓峠の急坂を登れず列車が立ち往生して乗客が押して登ったという話を紹介していた。
   
隧道を探すのにこの「ごみ捨て禁止」の看板が目印になった。 ガードレールから覗き込むと石組みの隧道が見える。

 
窓峠隧道 宇和島側坑口
大正3(1914)年開通・昭和16(1941)年廃止

見る者を圧倒する石組み扁額付きの古隧道ではあるが、興醒めさせられるのはこの大量のごみの不法投棄である。 このことは事前に知っていたが、実際に現地に訪れてみると改めてその量の多さ、悪質さに驚かされる。 汚水に塗れたごみに足が埋もれてしまい、運動靴では坑門への接近は非常に困難だった。
   
右書きの扁額「窓峠(まどのとう)隧道」 大正三年三月竣工、これは南予地方最古
   
隧道内部 坑門から振り返って宇和島方面の切り通しを撮影

隧道を覗き込みライトの光を当ててみると総煉瓦造りの内部の約70m先に土砂の壁のようなものが見えた。どうやらこれは閉塞隧道のようだが、 さすがにこのごみがぎっしり詰まった廃隧道に入って閉塞地点を確認しようという気は起きなかった。
   
県道57号線窓峠。この日は歩道設置工事をしていた。
   
予土線 窓峠隧道(延長210m)・務田側坑口 隧道を抜けて来た予土線の車両

鉄道廃線跡を歩くによると務田側の旧隧道は埋まっている。と言うことだったのでこれで帰ろうかと思ったが、自分の目で確認して痕跡を見つけたかったので務田側の坑口を探すことにした。
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