山陰本線旧線・前山トンネル

 

明治43(1910)年に開通した山陰本線の船岡〜日吉間の前山トンネルは、 開通から約70年を経過した昭和末頃には老朽化による変状が見られるようになり、 昭和62(1987)年にトンネル前後の1.1kmが廃止され 新線(0.8km)に切り替えられた。 トンネルに表れた変状がどの程度の規模なのかは資料不足で分からないが、 補修でなく新トンネルが掘削された背景には、 当時進められていた山陰本線の電化工事も影響しているのかもしれない (新前山トンネルを含む園部〜綾部間が電化されたのは平成8年)。

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A地点 府道19号線から第1大堰川橋梁を見る 新前山トンネル京都側坑口

前山トンネルと共に付替えられた大堰川と府道19号線(園部平屋線)を跨ぐ第1大堰川橋梁。 旧線にもトラス橋が架かっていたが、廃止後まもなく撤去され 現在は両岸に煉瓦積みの橋台を残すのみである。
   
A地点 府道から対岸(京都側)の橋台を見る 京都側の橋台

大堰川の対岸にも京都側の新旧分岐点まで約200mの築堤があるようだが、 ここから見る限りかなり薮が深く、目立った遺構も無さそうな区間なので探索は見送った。 と言うか現実問題として簡単に対岸へ渡れそうなルートも見当たらなかった。
 
A地点 福知山側の橋台

第1大堰川橋梁の福知山側橋台は府道のすぐ傍にあるのだが、 濃い薮に覆われていて一目では見付けられなかった。 少なくとも車を走らせながら視界に入るような状態では無い。
薮の中にこの煉瓦積みを見付けた時は旧前山トンネルの坑門の一部かと思った。

 
前山トンネル京都側坑口

橋台の脇を攀じ登った所が塞がれた前山トンネルの坑口である。 内部をうかがい知る事は出来ないが地図上で計った延長は約400mあった。 汚れの無い閉塞壁の状態から見て、廃止後すぐに閉塞工事行われたとは考えられない。 最近まで開口していたのだろうか?
橋梁からトンネルまでの僅か10mほどの路盤の上にはレールが残ったままになっていた。
   
坑口前から京都方面を見る 坑門前の擁壁に埋め込まれている「1978」の銘板



 
B地点 福知山側の新旧分岐点
※カーソルを合わせると旧線が表示されます

福知山側の旧線は胡麻川に架かる橋梁の南側で現在線から分岐している。 旧線跡は浄化センターの敷地に転用されたため築堤の一部が切り崩されていた。
   
C地点 跨道橋の橋台 橋台のアップ

前山トンネルのすぐ手前に跨道橋の石積橋台が片側(京都側)だけ残っていた。 この橋台を登った所が前山トンネル坑口でここからも笠石の一部が見えているのだが、 橋台と旧線を囲むようにネット(猪対策と思われる)が張巡らされている上に、 すぐ傍で農作業をしている人の目もあったので進入は自粛しておいた。

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