旧国道257号線・老谷旧道

 

全国隧道リストに掲載されている隧道の中で、 現行の地図から消えている物を探す場合、 旧版地形図を取り寄せる方法が確実であり定石と言える。 私も出来るだけこの方法を心掛けてはいるのだが、 手間とお金(一部500円)が掛かる事もあって時間的な余裕が無い時や 費用対効果に見合うほどの隧道では無いと判断した場合は、 最低限の机上調査のみで現地調査を行わざるを得ない事も多い。 もちろんその場合でも隧道跡地を特定出来たり、廃隧道を発見出来たケースはいくつもある。
今回、捜索対象の老谷隧道は素掘りの短い隧道であり、あまり魅力を感じなかった事に加えて リストの個所地が詳細(益田郡馬瀬村川上(かおれ))であった事、 同路線同地区にある川上第一・第二隧道(老谷隧道は川上隧道より上流3km以内にあった事になる)が未だに現役の国道であった事から、 捜索は比較的容易と判断して旧版図無しでの現地調査を行った。
ちなみに、この路線は過去に何度か通った事があったので、 少なくとも既に老谷隧道が現役では無い事はわかっていた。

   老谷隧道:昭和8年竣工、延長30.6m、幅員2.5m、高さ3.5m、素、益田郡馬瀬村川上
川上第一隧道:昭和8年竣工、延長11.1m、幅員3.0m、高さ4.3m、素、益田郡馬瀬村川上
川上第二隧道:昭和8年竣工、延長18.0m、幅員3.0m、高さ4.0m、素、益田郡馬瀬村川上

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A地点 かおれトンネル旧道分岐(馬瀬側)

老谷隧道があったと思われる場所を以前に通過した時は 非常に幅の狭い山道で、新しいトンネルが建設中だった。 今回はそのトンネル(かおれトンネル)が開通していて、過去に通っていた国道は旧道になっていた。 隧道探しをするには好都合である。

 
建設中のかおれトンネル(2001年6月17日)
※カーソルを合わせると画像が変わります

7年前に通った時撮影していたに建設中のかおれトンネル。 開通後の再訪を期して撮った記憶がある(深い意味は無いですが)。
   
B地点 出合橋(昭和28年架設)

馬瀬川と一之谷の合流地点に架かる出合橋。
昭和28年架設(昭和14年内示、一等橋、製作:渇。河橋梁製作所)の古い橋で最大積載荷重9tの規制布かれている。 去年、新道が開通するまでは国道257号(清見〜馬瀬間) はこの橋が原因で大型車の通行は禁止されていた。 見た目には趣のあるトラス橋だが、交通の大きな障害になっていたのである。 新道開通から日が浅い為か、国道標識が撤去されている他は現役時代と比べて変化は見られない。
 
C地点 カオレオートキャンプ場入口

前からこの旧道で一番印象深く残っていたのが オートキャンプ場との分岐点に建っている「すべるぞ」 の標識。行政の標識らしからぬストレートさが大好きだ。
   
D地点 E地点

さて、問題の隧道だが老谷隧道という名前からして、 旧道沿いにある「老谷ささやき自然公園」や旧道の「老谷橋」付近にあったはずだ。 それは上の地図で印したD地点から清見村境までの間の2km弱の範囲に当たると考えられる。 その中でD地点の広場やE地点の掘割りなどが 隧道を撤去した跡地ではないかと疑われるものの、 延長30.6mとは微妙に異なる(は長過ぎ、は短過ぎ)ようにも思い、 実際の所はよくわからなかった。
 
F地点 老谷ささやき自然公園入口(奥が馬瀬側)

夏休みという事もあってキャンプ場はそれなりに賑わっていた。
隧道探しに来ているのでなければ、 こういう所(客が多過ぎず自然あふれる所)でゆっくりキャンプをしてみたいもんだ。
   
G地点 老谷橋(昭和41年架設、二等橋) H地点 旧橋の支柱(清見側のみ現存している)

探している隧道と同じ名前を冠した老谷橋を渡ると新道と合流する。 隣には旧吊橋の支柱があり、さらにその隣には新道の新老谷橋が架かっている。 橋の前後に隧道が掘られているというケースも、よくあるパターンではあるが、 ここの場合は地形から見てそれは無さそうだ。(大規模に地形が改変されているのかもしれないけど)
 
I地点 かおれトンネル旧道分岐(清見側)

隧道跡地を断定する事が出来ぬまま新道に合流。
国道はここから約300mで清見村に入る。その間にも隧道跡地らしき地形は見付からなかった。 結果として隧道の跡を見付ける事は出来なかったが、現存してしない事だけははっきりした。 正確な位置については旧版地形図を見ればすぐにわかると思うので、次回の注文時に取り寄せる 事にしよう。

 
清見村大原(2001年6月17日)

隧道とは関係ないが7年前に撮ったこの写真。 今でも携帯が通じない圏外などそう珍しく無いと思うが、 何故かわざわざ国道に看板を建てて携帯の不通を告示していたので(しかも複数箇所で何度も)、 異様な秘境感を感じて撮影していた。 当時、私はJ-フォンの携帯を使っていて確かにここは圏外だったけど。
場所は笈谷トンネル(これも「おいたに」と読む)と庄島トンネルの間だったと記憶しているが、 さすがにもう残ってないだろうな。(今回は引き返したので確認してません)



   
川上第一隧道 清見側坑口 第一隧道内

最後に老谷隧道と同じ年に川上地区に掘られた兄弟隧道とも言うべき二つの隧道を紹介しよう。
昭和8年に開通した隧道が未だに国道として現役で「かおれトンネル」が開通した今、 国道257号線(萩原〜清見間)最後の難所になっている。
まずは北側の第一隧道。 これは総コンクリート造りで横穴まで開いており、 隧道と言うよりはまるでロックシェードである。 それにリストでは素掘りだったようだが。
 
川上第一隧道 萩原側坑口

こちらから見ると地被りが無く、やはりロックシェードに見える。 このコンクリート隧道は銘板によれば、 昭和44年に起こった災害の復旧工事によって 昭和45年5月に開通した隧道であるらしい。 被災した旧素掘り隧道を、 ロックシェードを兼ねてコンクリートで再建したのだろうか?
今、この文を書いている最中にtaiheiさんのトンネルリスト(H16版)の事を思い出し、拝見してみると

カオレ1ゴウ:昭和45年竣工、延長21m、幅員5.0m、高さ4.5m、壁面区分=内装なし 覆工

というスペックの一致する隧道が載っていたので、これが川上第一(一号)隧道であるのは間違いないようだ。


 
川上第一隧道銘板

   
第二隧道に直結するロックシェード ロックシェード内のお地蔵様

第一隧道の入口からも見えていたが、 第二隧道の方は清見側の坑口に鋼鉄製のロックシェードが接続していて、 前後の隧道と合わせ非常に見通しが悪い。シェードの入口には制限高3.6mの標識が建っている。
 
ロックシェード内から見た川上第一隧道

   
川上第二隧道 清見側坑口 川上第二隧道 萩原側坑口

第二隧道は今時珍しい現役国道の素掘り隧道だ。
それにしても取付け道路も含めて狭い道だが、今のところ改良工事が始まる様子はない。
taiheiさんのリストによるとこちらは「カオレ2ゴウ:昭和48年竣工、延長9m、幅員3.4m、高さ2.9m、壁面区分=内装なし 吹付」 となり、これもスペックは一致している。隧道リストと比べて第一と第二の延長が逆転している事が気になるが、 元々どちらも短い隧道なので昭和40年代の改修による結果だったのか、 それとも単なる名称の入れ替わりであろうか?

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