富山県道182号線・小見隧道

 

富山県道182号線(原千垣停車場線)は大山町原と 立山町千垣を結ぶ約4kmの一般県道である。 ただし、起点・終点を含む大部分が主要地方道と重複している為、 地図上に見える実延長は612mに過ぎない。 そして全国隧道リストによればこの原千垣停車場線612m の中に小見隧道(延長141m)があったという。
地図を何度見ても短い県道の中、 隧道が存在し得る位置は見えて来ないので現地調査を実施した次第である。

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富山地方鉄道跨道橋(奥が原側) 富山地方鉄道跨道橋(奥が千垣側)

まず最初に頭をよぎった考えは「小見隧道とは鉄道のアンダーパスであり、それが撤去され現在の跨道橋になったのではないか?」 という物である。
これは隧道が存在しそうにない地形において、該当道路が鉄道と交差している場合によくあるケースだ。 例としては福井県の疋田隧道(L=35.5m)、岡山県の三石隧道(L=26.0m)、高知県の下山隧道(L=12.0m)などが挙げられる。
小見隧道の竣工は昭和7年、立山線・千垣駅〜粟巣野駅(現立山駅)の開業が昭和12年であるので、 アンダーパス(隧道)建設から開業まで5年かかったと考えれば時期的にも符合する。 延長141mは14.1mの誤植だろう。
以上が現地で私が最終的に出した結論である。
最後が少々強引な気もするが上2枚の写真で、 県道実延長(612m)の中間部分約1/3(約200m)が写せてしまうほど 探索範囲が狭く(しかも芳見橋も県道の内、116mを占めている)、特に隧道が必要そうな雰囲気でもないので、そう結論付けたくなるのも無理からぬ 事ではあるまいか。
 
芳見橋

「小見隧道は現存せず」と一応の結論が出てしまったので、 せめて近代土木遺産に登録されている千垣橋梁(富山地方鉄道立山線)の写真を撮っておくべく 芳見橋上に移動する事にした。

 
千垣橋梁
(鋼スパンドレルブレーストアーチ橋)

常願寺川に架かる千垣橋梁。写真を撮っていると折りよく電車が通り掛った。
   
芳見橋から原方面を見る 隧道!

千垣橋梁の撮影に満足して引き返しにかかった時、 現道の一段下に口を開けた隧道が視界に飛び込んで来た。 これが小見隧道なのか? (現)芳見橋とこの隧道とは地形的な制約もあって 道路としては接続していないが、アクセスはそう難しくなさそうだ。
 
小見隧道 千垣側坑口
昭和7年竣工、延長141.0m、幅員2.5m、高さ2.8m

それは紛れも無く道路隧道であった。立地やスペックから旧県道の小見隧道に間違いあるまい。 坑口は直線と曲線がはっきりと別れた珍しい断面で、これは欠円アーチに属するのだろうか。 ポータルのデザインはコンクリ壁にスリットを入れただけのシンプルな物だが、 アーチ環、要石、笠石、ピラスターを模す事に成功している。
   
旧芳見橋の跡地 坑口前から芳見橋を見る

隧道の外はすぐに常願寺川を渡る橋(旧芳見橋)だったはずだが、橋の痕跡はこの位置からは見つけられなかった。 路面が一直線に途切れている事から、原側の橋台は残っているのだと思う。
現・芳見橋(RCアーチ橋)は昭和45年竣工、これに併せて小見隧道も廃止されたのだろう。 旧橋は廃止と同時に落とされたようで昭和50年の航空写真では姿を見ることが出来ない。
   
隧道内に残された廃車体 鉄道隧道のような内部の待避所

隧道内部には一台の廃車が残されており、 この車体との比較で普通車同士でもすれ違えるだけの幅が無かった事がわかる。 旧芳見橋の幅員はわかっていないが、こちらもすれ違い出来る程の道幅は無かったと思われ、 隧道と橋の両方で300m近い離合不能箇所が存在した可能性がある。
3ケタ県道にしては早い時期(昭和40年代)に改良されている事からも、 際立った難所だったのだろうと想像される。
 
出口から原方面を見る

原側の坑口も見つけられていなかったのでどこに出たのか気になる所だ。 洞内からも私有地っぽい様子が見えており、この辺が坑口を発見出来なかった理由 なんだろうな。

 
小見隧道 原側坑口

やはりこちら側は私有地の片隅に口を開けていた。 構造は千垣側と同じだが日当たりが良い為か、現役さながらの清潔感(?)が感じられる。
   
原側坑口から現道を見る。
奥に見えているのが最初の写真の跨道橋。
原側旧道分岐。
現道は隧道が貫く山の端を切り崩して路面を確保している。

 

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