別子ラインの廃隧道群 旧愛媛県道47号線・立川隧道

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大永山トンネル 別子山側坑口 平成2年11月 延長1159m

新居浜市と旧別子山村を結ぶ(不通区間だったが)県道9号線・新居浜山城線(当時)には多数の狭小な隧道が通っていた、しかし平成2(1990)年12月に大永山トンネルが開通すると全線の整備が始まり、その後10数年で県道の改良はほぼ完了し隧道の大半は姿を消してしまった。
 
立川隧道 新居浜側坑口

別子ライン最初の隧道である立川隧道。この隧道だけは初めて訪れた時に、既に廃止されていたのでいつまで利用されていたのかはわからない。マイントピア別子がオープンした年にはもうコンクリートで塞がれていたので平成元年頃の廃止と思う。
「山形の廃道」さんによると竣工年はここより奥の隧道群(昭和30年代竣工)より随分早い大正5年。やはり端出場までは鉱山鉄道だけでなく、道路も古くから重要視されていたのだろうか。
   

平成元年頃は一目で廃隧道の姿が確認できたが今では新居浜側は草木が茂り始め、隧道の存在を知っていても見逃すことがあるようになった。 坑口の手前が急カーブしていて脇見ができないせいもあるのだが。

 
別子山側坑口

そう言えばこの立川隧道は私が初めて見た塞がれた廃隧道だったかもしれない。
当時は子供の浅はかさで単純に「トンネルの無い道よりトンネルの有る道の方が良い道」と思っていたので、 恥ずかしい話だが「なぜわざわざ道を悪くするんだろう」などと考えてしまった(笑)

   
坑門はコンクリート製だが一応帯石、要石、壁柱などはある。 内部もコンクリートで塞がれ、もう坑門と一体化している。

 
現県道の法面の長さが立川隧道の延長である。
大正5(1916)年竣工 延長16m 幅員4.0m 高さ4.5m
平成元(1989)年頃廃止

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撮影日 2001年2月11日