旧国道425号線 初代・坂下隧道

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A地点 旧道分岐? B地点

初代坂下隧道は近代土木遺産(Cランク)にも指定されていることから、 現存していることは明らかなのだが廃止年が古く位置までは判然としない。 ただ手持ちの古地図には峠越えの点線道(隧道記号は無し)が現道の南に通っているので、 あるいはこれが初代隧道を擁する旧道かもしれないと思った。
現地で峠の両側に古地図と符合する旧道分岐(?)が確認できたので、 困難が予想される尾鷲側を避け、又口側から挑戦を開始することにした。
入り込んだ道は明治らしい古道の雰囲気(石積みの擁壁、路肩等) など微塵もなくまるで新設の林道のようだが、地図通り谷奥(B地点)で進路を北に変えており、 進路を大きく誤っているということはなさそうだ。
   
C地点 C地点から稜線を見上げる

山の斜面の木は密度が薄く稜線から谷底までの山肌を見渡すことができるが、他に道の痕跡は見当たらない。 やはり今歩いている道が旧道を林道として整備した姿なのだろうか。斜面に注意を払いながら前進する。
 
D地点

国道から歩き始めて約20分で林道は薮に包まれ終点となる。 ここからはもう初代隧道が口を開けているのが見えていた。 苦戦を予想していたが意外にあっけない発見だった。

 
初代・坂下隧道 又口側坑口
明治33(1900)年竣工 延長61.8m

初代・坂下隧道の坑門は五角形の迫石に煉瓦積みという三重県によく見られる造り。
私はこの「三重式」とも言うべきデザインは熊野街道の煉瓦隧道群を手掛けた、岩井藤太郎氏に始まるものと思っていたが、 坂下隧道の竣工は岩井氏の三重県赴任よりも5年古く、岩井氏の隧道設計は坂下隧道を参考にしている可能性が高いのではないだろうか。
※相違点を挙げれば岩井氏設計の隧道は帯石がなくポータルがスッキリしている。
   
扁額 五角形の迫石とイギリス積みの坑門

誇らしげに掲げられた扁額には最後の一文字が判読できなかったが「鬼斧神■」の四文字が刻まれているのがわかった。 検索してみた所「人間業と思えないすばらしい仕事」と言う意味の「鬼斧神工」という言葉があるらしく、 隧道建設工事に当て嵌めても間違っているとは思えない。 ただ、最後の読めない文字は明らかに「工」ではなかった…。
 
坑門のアップ

   
内部 僅かに見える煉瓦の綻び

60m余の短い隧道だが内部は総煉瓦造りであり、ごく一部にしか煉瓦の使われていない新隧道より煉瓦の使用量ははるかに多い。 煉瓦の剥落も全くと言って良いほど少なく状態は非常に良好。
 
出口から尾鷲方面を見る

 
尾鷲側坑門

こちら側の扁額は木の枝によって覆い隠されているため一文字も読むことができなかった。
日当たりが良いので乾いているが、坑門の造りは又口側と全く同じ。

 
隧道から尾鷲方面を見る

隧道を抜けた先で旧道はいきなり大崩落によって跡形もなくなっている。 これこそが僅か10年で新隧道を開削させた原因の一つである「尾鷲側の度重なる崩落」だと思われる。
走破してみたい気もしたが時間に余裕がなく、車をA地点に停めていることもあって今回は諦めることにした。
   
E地点 尾鷲側旧道分岐 分岐より又口方面を見る

もし尾鷲側の旧道が古地図の点線通りなら、尾根伝いに下って坂場トンネルの入口で国道と合流するはずだ。


 
初代・坂下隧道周辺(古地図を元に作成)

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