旧国道158号線・坂巻旧道

 

老谷旧道に続いて隧道捜索の失敗例である。(失敗レポはこれで終わりです)
今回の捜索物件は長野県安曇村にある旧国道158号線の「坂巻隧道」という隧道だった。 この隧道もここ最近の地図からはすっかり消失しているが、 老谷隧道とは違い旧版地形図に頼らずとも、 所持している道路地図(ワラジヤ発行コンパニオン道路地図帳中部北陸編:昭和63年版など)のいずれかに載っていた記憶があった。 しかしながら前日になって急遽同地の探索を決定した為、それらの地図は手元に無く 曖昧な記憶を元した探索となった。 そもそも、急遽安曇村にやって来たのも主に坂巻隧道が気になっての事であり、 情報不足が原因(他にも重大な原因はありますが)で隧道探しに失敗してしまった事は非常に後悔している。 地図さえあれば隧道まで間に合っていたはずなのだから。

坂巻隧道:昭和13年竣工、延長39.8m、幅員4.7m、高さ3.9m、覆、南安曇郡安曇村

トップページに戻る道路旧道一覧に戻る



 
A地点 坂巻温泉バス停(トンネルは白なぎトンネル)

この日(H20.8/19)の探索は早朝に済ませておきたい長野県道24号・釜隧道を最初とした。 その後、旧安曇村役場まで引き返し、 沿線の旧道を攻めつつ国道158号線を西進するという計画である。 生憎、天候に恵まれず断続的に続く降雨を避ける為「安曇村資料館」や廃隧道内などで 雨宿りをしながらの前進となり、探索は遅々として進まなかった。 それでも昼過ぎには旧山吹隧道の探索を終え、一時的に雨も上がったので 沢渡から上高地行きのバスに乗込み、 この時の乗客の中でただ一人、坂巻温泉バス停で下車した。 沢渡以北は車での探索には非常に不自由な場所なのである。

 
坂巻隧道 松本側坑口

振り返ると、白なぎトンネルと相対して口を開けている坂巻隧道。
多くの地図では「新坂巻トンネル」と記載されているトンネルのはずだが、 扁額は単に「坂巻隧道」となっている。 ところがR158のトンネル群に共通して付いている白プレートの方は「しんさかまき 17」 となっていて、どちらが正しいのかわからない。 まあ、(新)山吹隧道も全く同じ状態だったから、 深く気にする必要も無いかもしれないが。
   
下坂巻橋(新坂巻トンネル旧道入口) 坂巻温泉(白なぎトンネル旧道入口)

さて、ここ(A地点)からどちらの旧道に入るか。
実はおぼろげな記憶では、旧坂巻隧道は坂巻温泉より東側、 つまり現在の地形図では点線さえ通ってない位置にあったような気がしていた。 そしてそれは実際に当たりなのだが、 ここから見えた下坂巻橋の充腹アーチは美しく、 半ばそれに引き込まれるように、まずは新坂巻トンネルの旧道行きを選択したのだった。 それに仮にも『新』坂巻トンネルの旧道である。 無視する訳にはいかない。 たとえ隧道が無くともそれぞれのトンネルの新旧道を8の字に探索すれば良いだけの話なのだ。 …しかし、この何気ない判断が今回、隧道を逃す事を決定してしまっていた。
   
下坂巻橋から上高地方面を見る 下坂巻橋から松本方面を(白なぎトンネル)振り返る

新坂巻トンネル旧道は廃止後に白なぎトンネルが開通した事もあってか、 入口が白なぎトンネルの坑門(と電気室)によって分断され、 現道に対して車道としての接続は失っている。 その為、旧道の実質的な始まりは下坂巻橋からである。 この橋は元から親柱が無い造りのようで名称及び架設年はわからなかった(下坂巻橋は仮名です)。 美しい橋ではあるが、見た感じ極端に古い物でも無さそうで昭和30年前後の架設ではないかと思う。
 
B地点 旧国道

旧道は昭和50年代まで上高地へのメインルートを勤めていただけの事はあり、 舗装済で普通車同士なら離合出来るだけの幅員が確保されている。 ただし廃後の経年劣化は避けられないらしく、 路面の大部分は薮に覆われつつあり、一部では路肩が決壊していた。
   
C地点 上坂巻橋 上坂巻橋北詰

先ほど下坂巻橋にて梓川右岸に渡った旧国道は、150mほどで 再び橋を渡り左岸に出る。上坂巻橋である。
※この橋は銘板がありました。よって先の橋を下坂巻橋(仮)としました。

後日確認した古い地図によれば、 白なぎトンネルの旧道も短い間隔で梓川を二度渡っていた。 嶮崖を避けながらの道造りの結果に違いなく、一帯の地形の厳しさを感じずにはいられない。
上坂巻橋を渡った北詰では軽トラ大の巨岩が旧道を直撃していた。 もう5m手前に落ちていたら落橋はしないにしても橋に大ダメージを与えていた事だろう。
 
D地点 旧道に建つ標識

上坂巻橋を渡った先には、区間内で唯一残存している標識が上下線それぞれに向けて現れる。 上高地方面に向けてはオリジナルの「注意 巾員狭い」。 松本方面へは「30km/h」の制限標識である。 国道時代の交通状況を僅かながら感じる事が出来るだろうか。
   


 
E地点 大崩壊

そして旧道は唐突(ここまでの路面が比較的安定していただけに)に大崩壊に見舞われる。 そこは如何にも崩落多発地帯と言った感じの切り立った崖地で、 約70mに渡って路面が大量の土砂によって完全に埋没している。 もちろん私の経験不足もあろうが旧国道の自然崩壊としては、 これほどの規模の物を見たのは過去に一度だけである。 とは言え崩壊の規模の大きさに驚きはしたものの、 路面を飲み込んだ土砂はある程度の大きさの岩が安定した斜面を形成している為、 越え難いという事はなく突破は容易だった。
   
僅かに露出した路面 崩壊の元を見上げる

崩壊地の路面は完全に飲み込まれてしまっているが、 一ヶ所だけ沢水の通り道になっている所が露出しているのを見付けた。 その個所の路面はコンクリート製だった。 これは、かつてここが洗い越し(橋などを架けず道路上に窪みを設けて、川や沢の流れを通す道路構造) だった名残ではないかと思う。ここに来るまでの158号旧道で洗い越しを見掛けたので。
また、崩壊の元とも言うべき崖上を見上げてみると、 この土砂が遥か上方からもたらされた物だと解る。 一応の崩落防止壁のような物は建設されていたようだが、 既に決壊しており、その残骸は土砂と共に旧道上に堆積している。 この辺りの車道開通は昭和4年頃と言われているが 廃止まで約50年の間、さぞかし維持管理に苦労した個所だっただろうな。
 
F地点 崩壊地を振り返る

難なく崩壊地をクリアし記念撮影をしていた所で、約1時間ぶりに本格的な雨が降り始めた。 あと200mも進めば現道と合流する事は分かっていたので、 新坂巻トンネル内で雨宿りをしようかと考えていると…。
   
G地点 ロックシェード

前方に居心地の良さそうな(?)廃ロックシェードが見えていた。 落石防止用のネットのような物が倒壊し、鋼鉄製の残骸が散乱する旧道を小走りで駆け寄り、 とりあえずここで雨をしのぐ事にした。 この日は雨の度にこういう雨宿りをしていたので、すっかり慣れた物だった。
が、この考えが良くなかったと気付くのはもう少し先の事である。
トップページに戻る道路旧道一覧に戻る後編へ