国道1号線・鈴鹿隧道

 

三重・滋賀県境の鈴鹿峠は古来より東海道の難所として知られ、現国道1号線の中でも標高が378mと箱根峠に次いで高く、 特に三重県側が高低差が急である為、勾配・線形共に厳しくならざるを得ず、 現在も国道1号有数の難所となっている。
大正13(1924)年に峠直下の標高約350m地点に鈴鹿隧道(L=245.6m、W=6.0m)が完成。 この隧道は昭和53(1978)年に下り(大阪方面)専用車線の鈴鹿峠バイパス開通によって、 上り(東京方面)専用車線として利用される事になった。 その後しばらくして大正時代に建設された上り線は全面的に線形改良などの改修工事が行われ、 旧鈴鹿隧道も平成2(1990)年に拡幅改修されている。

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A地点 鈴鹿トンネル(上り線) 滋賀側坑口 トンネル上から滋賀方面を見る

鈴鹿峠は三重県側から滋賀県に向けてほぼ一方的に登る典型的な片勾配の峠である。 その為、勾配対策で上下別ルートを取らざるを得なかった国道1号も、 鈴鹿トンネルを抜けると一本に合流して緩やかに下って行く。
滋賀側の坑口手前には上下線に挟まれる形で、 上り線から旧街道の「万人講常夜燈」への入口が分岐している。
 
万人講常夜燈

万人講常夜灯は約270年前に四国の金毘羅神社から移されたとされる物で、 高さ5.4m、重さ38tもあり、江戸期の東海道と金毘羅神社の繁栄を偲ばせてくれる。 なぜ、鈴鹿峠に金毘羅神社なのかはわからないが…。

 
鈴鹿峠(奥が三重側)

245m程度のトンネルの旧道なので、万人講常夜燈を過ぎるとすぐに鈴鹿峠である。 峠道は東海自然歩道になっており、そこそこの人気コースらしく整備は行き届いている。 このまま三重側坑口まで下って行くのも面白そうだが、今回はここで引き返した。

 
鈴鹿トンネル(平成2年竣工) 滋賀側坑口
延長276m、幅員7.5m、高さ4.7m

前述の通り上り線のトンネルは大正13年開通の旧隧道を平成2年に拡幅した物だが、 下見板張り風の壁面や三又のピラスター等、 旧隧道ポータルの特徴的なデザインを忠実に再現している。 この事が旧隧道の保存活用例と評価されたのか、 近代土木遺産Cランクに指定されている。

 
鈴鹿隧道(大正13年竣工) 滋賀側坑口
延長245.6m、幅員6.0m、高さ4.5m

改修前の鈴鹿隧道。大正時代の隧道としては大断面の完全な二車線幅であり、 交通の大動脈である国道1号線に有りながら昭和の末まで現役に耐える事が出来た。

 
擁壁には旧隧道の扁額が保存されている

   
トンネル内の県境(奥が滋賀県) 懸界標

トンネル内を歩いていると懸界標が埋め込まれているのを見付けた。 字体から明らかに旧隧道の物だろう。
旧鈴鹿隧道の遺物は両側の扁額だけだと思っていたので、 懸界標が現トンネルの県境に使われていた事は嬉しい発見だった。
 
鈴鹿トンネルから三重側を見る


 
鈴鹿トンネル 三重側坑口

鈴鹿隧道が改修された時点では既に上り専用車線となり、 自動車からは見える位置では無かったにもかかわらず、 律儀にもこちらの坑門も旧隧道を模して造られている。

 
鈴鹿隧道 三重側坑口

   

三重側も擁壁に旧扁額が保存されている。古い写真と見比べてみると確かに同じ扁額である(当然ですが…)。
 
鈴鹿トンネル 三重側坑口
昭和50年3月竣工、延長395m、幅員7.0m

下り線の新トンネルは上り線とは対照的に装飾性が皆無で、扁額さえ取付けられてない。

 
B地点から三重方面を見る

下り線は旧来の国道の為、急カーブが連続する区間が峠下の坂下まで約1.2km続いているが、 半径の小さなカーブを中心に線形改良が行われているので走り難いという程では無くなっている。 それでも国道1号としては難所なんだろうけど。

 
C地点 鈴鹿第一橋をボンネットバスが通る(昭和初期)


 
D地点 上り線から外れて昔の面影を残している坂下地区の旧国道

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