旧福井県道22号線・田烏隧道

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田烏トンネル竣工記念碑

田烏隧道は当時、陸の孤島であった旧田烏村(現小浜市田烏)から外界へ抜ける初めての自動車道として大正13年に開通した。 国道162号線の阿納坂隧道は昭和40年、食見トンネルに至っては平成に入ってからの開通なので、 竣工から実に40年以上もの間、田烏唯一の入口であり続けた。
そんな田烏隧道も昭和56年7月には新トンネルが開通し、今ではすっかり忘れられた存在となってしまっている。



 
A地点

田烏側旧道分岐。旧道は新トンネルのすぐ手前から右に分かれる。
   
A地点の分岐から旧道を見る。 トンネル内通行止

旧道の入口の片隅には「トンネル内通行止」と書かれた看板が建っている。 古びた看板の状態から判断して新トンネル開通後、それほど経たない内に封鎖されてしまったようだ。
 
B地点 センターラインが薄く残る

この道が現在の県道22号線に指定されたのは昭和57年のことなので、 田烏隧道は最後まで一般県道だったはずだ。 同時代の峰越え旧道で2車線幅は国道でもざらには無く、少々意外に思った。
   
C地点 予告通り通行止 振り返って田烏方面を見る。ここまで全線2車線幅。

旧道は地図上で隧道のすぐ手前と思われる位置で、盛り土によって行き止まりになっていた。 土建屋の資材置場になっているらしく、標識の残骸(この旧道とは無関係の)などが散乱している。
 
埋もれた坑門

坑口前は大規模に盛土がされているが、幸いにも坑門の一部が露出している。

 

盛土に上ってみると扁額と僅かに残る開口部が確認できた。 大正時代の竣工にも係わらず左書きの扁額を掲げている所を見ると、間違いなく戦後に改修されているはずだが、 洞内の幅員は3.5m程度なので拡幅を伴わない坑門補強のみと思われる。
   
内部(上部)。「素、覆」という隧道リストの記録と一致する。 内部(下部)。水没している。

内部は滴る水滴が盛土によって堰き止められたため、当然のごとく水没している。 進入してみたい欲求にかられたものの着替えにも余裕の無い遠征中であり、 レンタカーを使っているという事情もあって断念した。 内部を覗いて見ても光は見えず、貫通しているかはわからない。
結果的に上中側では断念して良かったと思わせてくれるシチュエーションが待ち受けていたのだが…(笑)
 
田烏隧道 田烏側坑口
大正13(1924)年竣工 延長313.2m 幅員3.5m 高さ3.5m


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