旧国道439号線・高須隧道

 
高須隧道 大杉側坑口(2005年1月撮影)

旧国道439号線の高須隧道は1986年の廃止以来、長年に渡り金網による簡易閉鎖がなされていた。 個人的に好きな隧道でもあったので幾度か内部潜入したこともあったのだが、 2003年末ごろ倉庫転用に伴い完全に施錠されてしまった。
幸い僅かながら内部の写真も残っているので2001年4月の様子をお伝えしたい。

トップページに戻る道路旧道一覧に戻る



 
A地点 新高須トンネル本山側坑口

左側の小さなアンダーパスの裏に旧隧道が口を開けている。 本山側は新旧坑口が隣同士に並んでいるのだが、 旧隧道の方は大豊インターに隠される形になってしまっている。
新高須トンネル(L=428.0m W=9.25m)は1986年5月竣工、 翌年の10月8日には高知自動車道の南国〜大豊間 (高知道初の開通区間)が開通しており、この時期に大豊町の交通アクセスは飛躍的に向上した。

 
高須隧道 本山側坑口
昭和7年竣工 延長346.0m 幅員5.0m 高さ4.5m

昭和初期の隧道としては広めの幅員だが、現代の視点で見れば普通車の離合が精一杯といった所か。 また、本山側の入口付近で内部が大きくカーブしており、 ポータルにもその旨を注意をするよう左右2ヶ所に看板が設置されている。
   
扁額 昭和七年三月竣工

祥舟なる人物揮毫の扁額は隧道竣工の前年から用意していたのか、昭和六年四月と刻まれている。
ところで昭和7年12月20日に土讃線の角茂谷〜大杉間が開通しており、 高須隧道の開通もそれに合わせて大杉駅と本山地区を結ぶためのものだったのだろう。
 
トンネル入口 急カーブ

   
急カーブ地点(奥が大杉側) 急カーブ地点(奥が本山側)

予告通り入口から30mほどの地点で隧道は殆ど直角カーブで進路を変える。 5枚の反射板とカーブミラーによって一応の安全対策がなされているが効果のほどは…?
なぜこのような内部になったのか理解できないが、 自動車の少ない竣工時は問題とされなかったのか、 同時期に土讃線の隧道が大量に生産されている最中だったので 洞内カーブは自然と認識されていたのか、 あるいは単なる測量ミスなのか、謎は深まるばかりだ。



 
B地点 大杉側旧道分岐
左が旧国道439号本山方面、右は国道32号池田方面

大杉側の旧道は現国道交差点より約400m南の日石(日石って今もあったっけ?)傍の交差点から分岐する。 この交差点の信号は旧道化した後も10年ぐらいは「時差式信号」のまま使用されていたが、 現在は「感知式信号」に変更されている。
   
C地点 D地点

国道32号と別れた旧439号は少しずつ高度差をつけながら集落内を進んで行く。 やや狭いながらも二車線幅があり、路面の所々に追越禁止のセンターラインが残っている。
 
D地点より現交差点を見下ろす。
超鋭角交差点だった旧道と比べると線形改良効果は抜群だ。

 
高須隧道 大杉側坑口

坑門の構造は本山側と全く同じだが、 新旧の坑門が並んでいた本山側に対してこちら側は10m以上の高低差が生じている。 隧道手前に30km/h制限のペイントがうっすら残る。
   
本山側と同じ祥舟さんによる扁額。 大杉側の注意看板。

こちらから進入した場合300m近い直線隧道の後、 出口にかけてS字カーブに遭遇するので、 スピードに乗り切れない本山側より危険度が高かったのではなかろうか。
 
高須隧道周辺

トップページに戻る道路旧道一覧に戻る