旧国道19号線・鳥居隧道

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A地点 旧道分岐 B地点 味噌川ダム分岐

木祖村側の旧道は鳥居トンネルの100mほど手前から左に分岐している。 旧道の入口は味噌川ダムへの分岐も兼ねているため、この交差点の往来は結構多い。
   
C地点 第1カーブ C地点に残るキロポスト

旧道の単独区間に入ると早々にヘアピンカーブを迎える。 さすがに昭和50年代まで一大幹線の国道19号線として利用されていただけのことはあり、 広大な幅員と緩やかな曲線半径をもっており、難所と呼ぶほどの物ではない。 ここには名古屋から153km地点のキロポストが残っていた。
 
D地点

のヘアピンを過ぎるとほぼ一直線の緩やかな上り坂が400m程度続いて行く。
薄く残るセンターライン、 現役時代の標識等の遺物も随所に見られ雰囲気満点だ。
   
E地点 第2カーブ 開道記念碑

隧道直前の第2カーブ。
これもなかなかの急カーブではあるが、登坂車線に加えて更に内側に駐車帯まで備えている。 この広大な道路敷には最近、水道設備が建設され辛うじて車一台分だけの幅を残していた。
なお、ここには「国道十九号線開道記念碑」が建つ。 古来より木曽路最大の難所であった鳥居峠を、 日本最長の道路隧道(当時)でもって解消したのだ。 その効果たるや、どう賛美しても賛美し切れるものではないだろう。
 
鳥居隧道全景

隧道手前に街灯の残骸や、それらに電力を配していたと思われる配電室が残る。


 
鳥居隧道 木祖側坑口
昭和30年竣工 延長1111.0m 幅員5.5m 高さ4.5m

ネット(峠と旅やまてつほーむぺーじ)で初めてこの隧道を見たのはもう6年も前になる。 その姿に惹かれいずれ必ず訪れたいと思ったものだが、 遠出が難しい前職の都合でほとんど諦めており、 地元の鳥坂隧道(延長1117.0m)を通る度「彼の鳥居隧道はこれ位の長さだったんだなー」 などと思いを馳せるに留まっていた(涙)

・名街道・木曽路という立地。
・昭和30年製なのに石積み(模しただけかも?)の坑門と右書きの扁額。
・長大隧道にもかかわらず大型車同士が離合できたのか怪しい事。
・閉塞壁の裏側に1111.0mもの空間が閉ざされている事。

これらの理由で鳥居隧道は私が日本一好きな隧道かもしれない。
現役時代の交通状況を知りたいので、当時をご存知の方は是非御一報下さい。

   
鳥居隧道扁額 「トンネル出口 安全速度30k」

 
坑門前より名古屋方面を振り返る。




 
鳥居トンネル木祖側坑口
昭和53年開通 延長1738.0m

地形図を始め多くの地図では「新鳥居トンネル」と表記されている現トンネルだが、 現地では扁額、銘板など全て鳥居トンネルで統一されているのでこちらが正式名称のようだ。 旧トンネルと比べると圧倒的に大断面なのだが、 換気設備のお陰で制限高が僅か0.2mしか変わらない4.4m制限になっている。
   
トンネル内部の分水界。 待避所。左右に一箇所ずつ設けられている。

 

早足で歩き約20分で脱出。
さすがに内部は非常に空気が悪く、悪天候も相まって風邪を引き起こしてしまった。 探索から1週間以上経った今でも咳が止まらないでいる。

 
鳥居トンネル塩尻側坑口

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