中央本線旧線・鳥居隧道
 

明治43(1910)年10月、中央本線は中山道の難所であった鳥居峠を越えて奈良井〜藪原間が開通した。
開業時の路線は鳥居峠を延長1655.0mもの長大隧道で貫通していたが、 前後に曲線半径300mの悪線形に加え、 20‰の急勾配が続く中央本線きってのネックとなった。
その後、約50年を経て昭和40年代の中央本線複線化に伴い、昭和44年9月に延長2157.0mの複線新トンネルが開通し、 災害地域、屈曲線形は大幅に改善された。

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藪原駅舎 A地点 中山道(?)

藪原駅で下車して鳥居隧道へ向かう。 せっかくだから旧街道の中山道・藪原宿を歩いて行こうと思ったのだが、 複線化した中央本線が各所で分断しているようで正確な道筋はよくわからなかった。
 
B地点 跨線橋から中央本線塩尻方面を見る。

 
C地点

中山道を横切る村道。 この交差点は右折すると国道・鳥居トンネル、直進は鳥居峠、 そして左折が今回目指す中央本線・鳥居トンネルである。 今回は中央本線の旧トンネルで奈良井側へ抜ける積もりなので、 まず右折して旧国道の鳥居隧道に行き、その後鉄道線へ向かった。
   
D地点の跨線橋から鳥居トンネルを見る。右に旧線が分かれる。 D地点から藪原駅方面を見る。

 
E地点 鳥居トンネルと旧線

鳥居峠の複線化についてはいくつかの案があり、 新トンネルを単線で掘削し旧隧道は改築して使用という案が有力だった。 もしこの案が実行されていれば私が今立っている場所も鉄路のまま残ったはずだが、 結局、将来的な経費等の理由で新トンネルは複線断面で建設されることになったそうだ。
   
F地点 F地点から藪原方面を振り返る。

新線から離れた旧線は切通し状となり100mほどで隧道へ至る。 さすがに幹線鉄道の旧線だけあって切通しは厚い擁壁にて補強されおり、 廃止後40年以上を経た今でも目立った土砂崩落は見られない。
 
鳥居隧道 藪原側坑門
明治43(1910)年開通 延長1673.0m

「鉄道廃線跡を歩くX」によるとこちら側の坑門は、 開通から約10年経過した大正10(1921)年頃に延伸補強されているとのこと。 大正後期と言えば隧道の材質が煉瓦からコンクリートへ移って行く過渡期であり、 そんな時勢を反映して坑門の大部分がコンクリート製だが、アーチにのみ煉瓦積みを残している。

 
坑門のアップ。


 
枕木の残る隧道内部

内部を覗くと鉄道の長大隧道としては珍しく 入口から既に出口の明かりが僅かに見えており、今もって貫通していることがわかった。
   
崩れ落ちた大量の煉瓦。 延伸部の継目、旧坑門の迫石が見える。

貫通しているのがわかったのは良いが入口から20mほど入った地点、 ちょうど延伸部から本来の隧道へ入った辺りから、早くも内部の荒廃は深刻な状態に陥ってしまう。 しかもこの煉瓦の山は部分的な物ではなく、見える範囲に延々と続いている。
 

約30m地点。この辺りは現役時から既に煉瓦剥落の恐れがあったらしく、 厚さ5cmぐらいのコンクリートで巻立てられている。 ただし今ではそれさえ損傷が激しく、探索者の頭上を脅かす存在だ。 鳥居隧道の寿命はもうそれほど長くないのかもしれない。

 

   
40m地点。 藪原方面を振り返る。

それにしても、これほどの量の煉瓦が剥がれているにもかかわらず、 地盤が一切見えないということは余程念入りに巻き立てられているらしい。
全長1673mという数字を考えるとまだまだ序の口に過ぎないが、 いい加減嫌気が差してきたのでここで通り抜けを断念。 大幅な遠回りになってしまうが、国道の鳥居トンネルで奈良井側の坑口へ迂回することにした。
 
国道19号線 鳥居トンネル(昭和53年開通)




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