土屋隧道

土屋隧道(広見側坑口)

土屋隧道は宇和島鉄道開業に合わせて、 大内駅と野村町を結ぶ路線として大正14年(昭和2年説もある)に着工された。
しかし着工早々に昭和恐慌が始まり、 最終的に21万5千円にも達した工費の調達には大変苦労したようで、 竣工したのは10年以上経った昭和12年。 当時は四国最長、全国でも有数(5位?)の長大道路隧道だった。

現路線名
旧路線名
竣工年
現状
延長
幅員
高さ
覆工
所在地
国道441号線
(主)大洲近永線
昭和12年
現役
571.0(577.0)m
3.5m
3.7m
野村町〜広見町

   
広見側坑門 改修前の広見側坑門

現在の土屋隧道坑門は大規模に改修され全く原型を留めていない。 改修前の坑門は県内では珍しい(他は高研隧道ぐらい)扁平な迫石のアーチと、 大きな壁柱が印象的だ。 これらの装飾物は無骨なコンクリのプロテクターによって完全に包み込まれており、 現坑門の不自然に広い額の部分も納得だ。 どういう理由があったのかわからないが、惜し過ぎる坑門の消失である。
   
左書きになった扁額。 延長五七七米。改修により約6m延伸されている。


 
坑門上部

せめて壁柱の一部だけでも露出していないかと坑門に攀じ登ってみたが、 裏側に至るまで完全にコンクリートに覆われ、改修前の名残はどこにも残っていなかった。

 
隧道内部(約20m地点)

土屋隧道内部の特徴の一つとして、すぐに断面が狭くなることが挙げられる。 これは改修時に待避所として拡幅されたのかと思っていたのだが、 改修前の写真を見ると、坑口は今よりもむしろ広いので竣工時からのもののようだ。 着工早々、資金調達に難航し大断面の隧道を諦めた結果だろうか?
また、当時は5つあったという照明設備も今では無くなり、反射板がその代わりを務めている。

   
大部分(500m以上)が4.5m幅。 隧道から野村方面を見る。


 
土屋隧道 野村側坑門
こちらも広見側同様の改修が施されている。

   
野村側坑門上部。ここにも痕跡なし。 コンクリ坑門へと続く石造りの水路。


 
土屋隧道の白看 標高530M?

土屋隧道開通後は魚成(城川町)〜愛治(広見町)間にバスも走ったが、 3年も経たない昭和15年までには廃止されている。 その後、バスが復活したのかどうかはわからないが、 今ではバス路線どころか土屋隧道を通る車もほとんどない。 苦労して開通させた割に隧道はあまり活躍の時を得られなかったようだ。


トップページに戻る